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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)9678号 判決

原告

合田修

代理人

平常雄

被告

東栄商事有限会社

被告

菅野黎子

両名代理人

芦田直術

主文

(1)  被告らは連帯して原告に対し金三〇六、三三四円および内金二七六、三三四円に対する昭和四四年三月一三日より支払済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

(2)  原告その余の請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

(4)  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める判決

(一)  原告(訴訟代理人)

(1)  被告らは連帯して原告に対し金七一〇、六五八円およびこれに対する昭和四四年三月一三日より支払済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告ら(訴訟代理人)

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  原告の主張

(一)  請求原因事実

(一) 原告は、昭和四四年三月一三日午後三時三〇分頃、東京都目黒区大岡山二丁目一二番一号東京工業大学構内路上において、被告会社の代表者吉江信夫の依頼を受け、被告菅野運転にかかる被告会社所有の軽四輪貨物自動車(以下被告車という)が路端側溝に左前輪を落し込んだのを、引き上げる作業を手伝つた。

(二)  右引上げ作業は、被告菅野が運転席につき、バックギアに入れたうえエンジンを始動させ、前記吉江、原告そして助力を依頼されたもう一名の学生が力を合わせ、行つたのであるが、一回目は引上げに失敗したのでそのまま車をおろそうとしたところ、バックギアが入つていた被告車は、車輪を溝に落したまま後退し、そのため原告は被告車のバンバーと側溝の鉄柵との間に右手をはさまれるに至つた。

(三)  右事故は、被告会社所有の被告車を、被告会社の被用者被告菅野をして、会社業務のため運転させていた際、被告菅野が運転手として車を安全に運転操作すべきを怠つた過失により発生したものであるから、被告会社は運行供用者として、被告菅野は不法行為者として、原告が本件事故により蒙つた損害を連帯して支払わなければならない。〈中略〉

(二)  抗弁に対する答弁

被告ら主張の抗弁のうち、側溝のそばに鉄柵のあることは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  被告らの答弁および抗弁

(一)  答弁

請求の原因第一項は認める。第二項のうち被告車の引上げ作業は、被告菅野が運転席につき、バックギアに入れたうえエンジンを始動させ、被告会社代表者吉江、原告そして助力を依頼されたもう一名の学生が力を合わせ行い、一回目は引上げに失敗したので、そのまま車をおろそうとしたことは認めるが、バックギアが入つていた被告車が車輪を溝に落したまま後退したことは否認し、そのため原告が被告車のバンバーと側溝の鉄柵との間に右手をはさまれるに至つたかどうかは知らない。第三項のうち、被告会社が被告車を、所有し運行供用者の地位にあることは認めるが、その余の事実は否認する。本件事故は、事故当日降雪のため被告車の左前輪が側溝に落ち込み、運行が終了したのち、原告ほかの助力を得て、被告車を持ち上げようとした際発生したものであるから、自動車の運行により発生したものとはいえず、運行供用者責任は生じない。第四項は知らない。第五項は争う。

(二)  抗弁

仮に原告が、主張のような経緯で受傷したとするならば、原告としては、被告車を持ち上げるにあたつて、側溝のそばに鉄柵のあることに留意し、被告車の上げ降ろしに際し手をはさまれないよう注意すべきであるのに、この注意を怠つたため受傷したことは明らかであるから損害額の算定に当り右過失を斟酌すべきである。

第四  証拠〈略〉

理由

(一)  原告主張請求の原因第一項の事実ならびに、第二項のうち、被告車引上げ作業は、被告菅野が運転席につきバックギアに入れたうえエンジンを始動させ、被告会社代表者吉江、原告と助力を依頼されたもう一名の学生が力を合わせて行い、一回目は失敗したのでそのまま車をおろそうとしたとの事実は当事者間に争いなく、〈証拠〉に弁論の全趣旨をあわせると、被告車引上げ作業は被告会社代表者吉江の指図に従い行なわれ、原告においてはこれに従い、被告車のバンバーに手を掛け、車を引き上げる作業を行なつたこと。右引上げは前記のとおり第一回目は失敗したわけであるが、そこで、引き上げ作業を行なつた原告ら三名は被告車を持ち上げ続けることができず、力尽きて、誰からともなく車をおとすようになつたところ、これも前記しているところであるが、被告菅野が運転席につきバックギアに入れたうえエンジンを始動させていたこととこれが主たる原因であるがそのほか被告車の落下による衝撃が加わつたことで、被告車は、その位置を移動し、そして運転席にいた被告菅野は、その際、被告車の右移動を防ぎ、あるいは危険のない位置に車を向けるべき運転者としてなすべき措置を怠り、なんら有効適切なブレーキあるいはハンドル操作をなさなかつたため、原告は右車のバンバーに手を掛けたまま、路端側溝そばの鉄柵に指を圧迫され、右示指切断創の傷害を受けたこと(なお側溝そばに鉄柵のあることも当事者間に争いない。)が認められ、右認定に反する被告会社代表者本人尋問の結果の一部は、前掲証拠と対比すると、事実を正確に反映したものとは認め難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によると、原告は元来被告車の運行になんら関わりをもたず、前記吉江の依頼により被告車の引上げ作業に力を貸した際も、ただ右吉江の指図のまま物理的な力を行使したにすぎず、自己の情況判断にもとづき、運転者の運転動作に指示補助し影響を与える地位に就いたものとはいえないところ、かかる立場の原告が、被告菅野が運転席につき、ギアを入れエンジンを始動させており、これが主原因となり、あわせて落下による衝撃が加わつたことで、移動した被告車により身体を傷つけられたのであるから、原告の右受傷は被告車の運行により生じたものとして、被告車の運行供用者たること当事者間に争いない被告会社は、これにつき運行供用者責任を、また前認定のとおり安全適切な運転操作をなさなかつた被告菅野は、不法行為者責任を、それぞれ負わなくてはならない。

(二)  〈略〉

(三)  被告ら主張過失相殺の抗弁について検討するに、側溝のそばに鉄柵のあることは当事者間に争いなく、〈証拠〉によると、原告が助力する際、当初被告車のバンバーと鉄柵の相互距離は約二〇メートルあつたこと、が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はないところ、かかる原告の立場にある者としては、運転席において運転操作をなす者は他の物体との接触を避けるよう措置するものと信頼し、指図に当つた前記吉江の指示のまま作業に当つて過失はないものとみなすべきであり、ただその信頼が破れ、他の物体との接触が察知され、しかも自らこれによつて受傷することを、適切な行動により逃れうるのに、慢然これを怠つた場合には、過失を問責されてもやむえないとは考えられるけれども、本件全証拠によつても、原告にかような過失を問いうる事実は認められず、他に損害額の算定に当り、斟酌すべき過失は原告に認められないので、被告らの抗弁は採用できない。(谷川克)

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